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「いのち」とは何か? [命とは何か、人間とは何か]

今の私は、いのちとは、生命、精神、霊、魂、身体、肉体、の6つの総称である、という意識があります。
しかし、現在の多くの人は、生命とは肉体のことである、という認識で一致しているのではないでしょうか。
この認識を変えるのは容易ではありませんが、生命とは肉体のことであるという物質的な意識を、見えないものを見るという洞察力的な霊的な意識に変えていくことこそが、人類に課せられた課題である、と今の私は思っています。

例えば生命保険という言葉がありますが、生命保険は生命にではなく、上の6つのうちの肉体と精神の一部にかける保険である、ということができます。
このように私たちは、見えるものである物質しか認識できませんから、どうしても生命というと肉体だと思ってしまうわけです。
従って、皆さんも生命保険という言葉に違和感を覚えたり、ましてや間違った言葉使いであるなどと思うことはないはずです。
それは地上の人類が、生命を含む上記の6つの言葉の意味を理解していないからに過ぎませんが、これは生命の進化と大いに関係がある、私はそう思っています。

ここでいう進化とは、目では見えない霊的な進化のことであり、ダーウィンなどの肉体的な進化のことではありません。
肉体的な進化は人類全体で行われているのであり、これは科学や物理で解明できるものです。
つまり、肉体的な進化は普遍的な、科学的なものであり、誰もが検証できるということができます。

これに対して霊的な進化は、地上の人間の目では捉えることができません。
霊的な進化は、一人一人に起きることであり、それは意識が向上してくれば、意識できるようになってきます。
意識の向上、これこそが霊的な進化なのです。
では意識とは何なのか?

私たちは生きている、という意識があります。
自分である、という意識もあります。
しかし、生きているのに命のことがわかりません。
自分であるのに、自分のことがよくわかりません。
自分という人間は一体全体何なのか、がよくわからないのです。

それは地上の人類が、肉体的な進化はしてきたが、霊的な進化がお座なりになっていて、なかなか進化する方向に進まないからです。
いのちのことを知るには、個人の一人一人が、霊的に進化をする方向に歩を進めていかなければなりません。

残念ですが、霊的な進化は、のほほんとした緊張感のない生活からは生まれないのです。
今までの生活とは違う意識が出てくるような、何かが必要なのです。
その何かですが、それは人類にとって、辛く苦しい困難、あるいは大きな悲しみや危機的な状況という形で訪れます。

霊的な進化は、個々で、国で、そして地球全体でも起きます。
今回の新型コロナは、人類が霊的に進化するために、パンデミックという地球全体で起きていることなのです。
これで意識が変わる人もいれば、まだ変わらない人もいます。

進化とは意識が変わることですが、この意識こそが個々の魂なのです。
私たちが地上に生まれたのは、個々の魂を進化させるためであり、それが全体の生命の進化に寄与することになるのです。
魂の進化には、どうしても先ほど述べたような、苦難、困難、障害が欠かせません。
地上はまさにすべての生命の霊的な進化の為の修行の場である、ということが言えると思います。

先ほども述べましたが、意識は向上してくると、意識を意識することができるようになってきます。
精神とは何かですが、精神とは意識のことであり、この意識には肉体的な意識と霊的な意識とがあります。
霊的な意識とは魂のことを指すのですが、魂の最初の意識は「自分は生命、つまり霊である」ということに気づくことです。

ここでいう霊というのは他界した人のことではありません。
霊というのは、物質ではない、マテリアルではない、生きているエネルギーのことを言います。
物質の元素や原子と同じく、見えない世界には霊素という生命エネルギーがあります。
この見えない世界のことを私たちは、霊界と呼んでいます。
そして見えない生命エネルギーのことを霊と呼んでいるのです。

この霊ですが、素としては生きているエネルギーなのですが、これが小さな霊体という生命の個体となると、進化し始めるのです。
霊的な生命の進化です。
地球上の生命、つまり霊体は、目で見える身体を身につけています。

人間も、動物も、鳥も、魚も、虫も、植物も、すべての霊は、霊体として物質的身体を身につけて地上に生きています。
アメーバも、そしてウィルスも、人間と同じ霊なのです。

違いは、進化に費やしてきた時間が違うのです。
人間もウィルスも、素としてはまったく同じ霊という生きているエネルギーでできています。
どちらもが物質でできた身体を身につけています。
人間はそれを肉体と言い、ウィルスは顕微鏡で見える極小の身体を身につけているわけです。

死とは、この見える身体を地上に置いていくことに他なりません。
これは人間もウィルスも同じです。
つまり、どちらにも、どの霊にも死はないということなのです。

それが人間の、否、生命の、いのちの本質なのです。
人間は霊なのです、

霊は完全ですが、魂は不完全です。
個々の人間は不完全極まりありません。
もちろん私もです。
魂が撃たれて焼かれるごとに意識の変容が起こり、やがて自分という人間がいかに不完全であるかが自覚できるようになります。
そして不完全な自分を少しでも完全に近づけていきたいと思うようになってきます。

宇宙は生命、霊のために存在しています。
個々の魂が完全に近づいていくことを霊的な進化と言っています。

この地上は霊が住む霊界なのです。
つまり、霊界とは宇宙全てを指す言葉なのです。
人間は死んで霊になるのではありません。
生きている今も、否、生まれる前から、宇宙に誕生した時から霊なのです、

霊は霊体となった時から、進化する宿命があるのです、
自分という魂を、宿命と同じベクトルにすること、それが人間の本来の使命なのです。

そのために人間には、自由意志という意識の一部が与えられています。
ただ、なんでも自由という意味ではなく、あくまでも霊の法則の範囲内で自由という意味です。
この霊的な法則のことを霊的な摂理、あるいは神と言っているのです。

人間は霊であり、魂である。
その霊魂が肉体という物質を着ている、それが人間です。
精神とは意識のことですが、意識には脳を使っているものと魂と、その両方があります。
このうち脳を使わない魂という意識は、意識の向上、つまり霊性の向上なくして現れてくることはありません。
魂という意識が現れてこなければ、いのちのことを理解することは難しいと思います。
つまり、肉体の一部である脳を使った精神ではいのちを理解できない、そう私は思っています。

この新型コロナは、物質的視点では一見想定外の悲劇のように見えますが、霊的視点で見ると、人類の眠っている眼を覚まして、いのちとは何かに気づく為にただ単に霊的な摂理が働いたに過ぎない、ということができます。

いのち、生命、霊には想定外はありません。
想定外があるのは、自分という魂がまだ霊的に生きていない為である、そう思って間違い無いと思います。

生命、霊、魂は死にません。老いません。病気にもなりません。
それが生命である霊の本質なのです。

人間は霊なのです。
それがこのコロナ禍を根本的に解決する糸口です。
コロナ禍だけではありません。

皆さんの人生で起こる困難、苦難や生老病死という四苦のすべては、「人間は霊である」ということを得心することで、氷が溶けるようにわかって参ります。
それが霊的な摂理なのです。

そにためには、自分の自由意志を肉体的な欲ではなく、霊的な向上という方向に舵を切る必要があるのです。
それは苦しく辛いことのように思うかもしれませんが、魂は怒涛のようにうねりながら困難の道にチャレンジしていくようになります。

皆さんという霊は、本当は霊性の向上にチャレンジすることを望んでいるのです。
なぜならば、それが霊の宿命だからです。
宿命と反対の方向に進めば、苦しみは増し、悶々とします。

一歩踏み出す勇気が必要なのです。
それは他の誰にもできません。
あなたという霊の、あなたという魂に託された課題なのです。
霊は霊的な摂理に合わさるように創られているのです。
ただ人間はまだまだ霊的な進化の過渡期にあり、ほぼ霊的な摂理に抵触しながら生きています。
自分という不完全な魂を完全にしていく、それが霊としての生命の宿命であり、使命でもあるのです。

意識が変われば、自分の中から心配や怖れや取り越し苦労がなくなっていきます。
霊的な摂理を自分の哲学、背骨として生きるよう努力することで、迷いがなくなっていくのです。
それはどなたにでも体験可能なことなのです。

なぜならば、人間は霊だからです。
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