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エッセイ❶ [エッセイ]

明け方に「う〜っ」という大きな寝言を言って私は目が覚めた。
これが私の日常である。

なぜ大きな声で「う〜っ」と言うのかというと、それは私という霊魂が肉体に帰ってきたからである。
おそらく自分という霊が帰ってきて肉体が伸びるのだろうと思うが、仰向けに寝ながらグーっと背伸びをするような感じである
そのときに「う〜っ」という声が出るのだ。

これは「おかえりなさい」ではない。
「ただいま」なのである。

私という霊魂はいつ肉体から出たのか、その時の意識ははっきりしていない。
出る時はどうやらスーッと出るようである。
そしてどこをどう浮遊してくるのか、それともすぐそこにいるのか、そこがまだよくわからない。
意識が夢として捉えていて、何かハッキリしないのである。
だからすぐに忘れてしまう。
ここがもう少しハッキリしてきたら記事として書けるようになると思う。

しかし自分が、自分という霊魂が、自分の肉体に戻ってきた時だけは分かる。
その間、肉体は主人が留守をしているわけであるが心配はいらない。
留守の間に他の霊魂が侵入できないようになっているのである。
もちろんその間の肉体に意識はない。
意識は霊魂の魂にあるからだ。
一寸の虫にも五分の魂、どんなに小さな虫、目に見えないウィルスにさえ意識はある。
地上に生まれたすべての生物には意識がある。
ただし自分という意識はない。
自分という意識があるのは人間だけである。

自分を見守っている守護霊はいつも自分と一緒にいる。
この守護霊という霊魂は自分と同じ霊の中の違う個性の自分なのであるが、この守護霊も私と同じく修行中の身なのである。
個性を現す言葉は、英語ではパーソナルがあり、もっと大きな個性のことをインディヴィジュアルという。
つまり、インディヴィジュアルという霊の中に、私という魂も守護霊という魂もいる、ということである。

私の守護霊は古代ギリシャ時代の頃に地球に生まれたようである。
当時バルバロイと呼ばれかなり苦労したようであるが、今も私の守護で労苦が絶えないと思う。

私は生まれてから「自分は自分である」とずっと思ってきた。
いわゆる「オレが、オレが」の自己中心的な生き方である。
その自分を守ってきた守護霊には、それが宿命だとはいえ、いくら感謝しても仕切れない。
しかも自分は未だに霊主肉従になりきれずに、紆余曲折しながら今も地上で生きている。

昔、クルマに乗っていて居眠りをしてしまったことがあった。
ハッと気づいたら、目の前に道路工事の誘導の人がいて、慌てて急ブレーキを踏んで間一髪間に合ったことがあった。
またある時クレームで、いわゆるチンピラさんのところに行かねばならないことがあった。
その家の近くで道がわからなくなり探していると、そこに中年のご婦人が通りかかったので道を尋ねた。
するとそのご婦人が答えた。
「それは私の息子です。私も今息子を訪ねて行くところです」
そしてご婦人、つまりチンピラさんのお母様と一緒に尋ねて事なきを得たこともあった。

まだまだたくさんある。
これらは偶然に起きていたことではなく、すべて私という人間を守り助けるために起きていたことなのである。
もちろん痛い目にあったことも幾度となくあるが、それも偶然ではなく私という魂の成長には必要なことだったに違いない。

霊的に目覚めてから来年で10年になる。
つまりシルバーバーチの本と出会って10年になると言うことである。

もしシルバーバーチの本がなかったら、きっと今も霊能力を使い続けていたに違いない。
そして身体のどこかが常に具合悪くなっていたことだろう。
霊的なものを求める中で、私のベクトルが変わったのは、霊能力を使わなくなって半年くらい経ってからである。
使わなくなった理由は、霊能力は使うために現れるのではなく、人間は霊であると言うことを得心するためである、と言うことに気付いたからである。
そこから「霊とは何か」「魂とは何か」と言う探求が始まったのである。

やがて自分は人間まで進化した霊である、と言うことに気づくことになる。
自分という霊は長い年月をかけて、様々な肉体に宿りながら魂を成長させてきたのである。
自分は動物であった時があったかもしれないし、鳥であった時があったかもしれない。
魚であった時があったかもしれないし、虫であった時があったかもしれない。
そう思ったら、植物以外は何も食べたいという気持ちが起こらなくなったのである。

ベジタリアンからヴィーガンになり、グルテンフリーになり、そしてカフェインレスになるのに2年くらいはかかったと思う。
この頃に、なぜ食物アレルギーが起きるのかが分かったのである。
それは人間は霊だからである。

霊というのは無始無終であり、生命としてずっと続いてきたのである。
生命とは霊のことなのである。
この「生命とは霊のことである」「人間は霊である」という思いが自分の背骨・理念になってから、ものすごいスピードで霊のことがわかるようになったと思う。
まるで新幹線で景色が後ろに飛んでいくようなイメージであった。

今はまたスピードが遅くなっている気がする。
霊的な進化はスパイラルだそうだから、まあ焦らずに粛々と進めることにしよう。

日常こそ修行の場
謙虚さを忘れずに

これが背後霊から教えてもらった私のモットーである。

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